2020年8月21日
厚生労働省の調査では、緊急事態宣言が出された4月の自殺者は前年比で2割近く減少したそうです。これはもっともな話で、自殺直前まで追い詰められていたような人は、社会活動がストップすることでトリガーになってしまう機会が一時的に減ったのだと思います。 職場でのメンタル不調者は、毎日ルーティンのように出社することに心理的負担を感じる自分と職場の上司や同僚と比較し、自責の念にかられることが多いようです。しかし、緊急事態宣言下では「出社できない自分」が相対的に目立たなくなるため、精神的負担が軽減したという声を聴きます。 今後は、緊急事態宣言中の「全員一律」ではなく、給料や雇用など個人が抱える現実的な悩みが顕在化し、他人と自分を比べる機会が増えることでしょう。メンタルの危機という点では、むしろ今後の方が心配です。 ノートPCが一台あれば、自宅からでも外部からでも手軽にビデオ会議ができる。こうした環境変化を身軽になったと楽しめる人と、ストレスを感じる人が存在します。仕事の面では、このギャップ(格差)が大きくなったと感じます。 その要因は、もともと緩やかに進んでいたメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へのシフトが、リモートワークによって加速したと多くの人事担当者に論じられています。 メンバーシップ型雇用の本質は、基本的に「仲間」で成り立つ組織です。同じ釜の飯を食う仲だったのが、リモートワークになり、「ひとり飯」に変化しました。互いの仕事や頑張っている様子も見えにくくなります。すると、必然的にジョブ型雇用の仕事のアサインメントが求められ、これまでよりもシビアに成果が問われるようになるのが組織の常道です。こうした環境変化に「コロナ疲れ」を感じるビジネスパーソンは急増しているのかも知れません。 日本型組織の功罪が議論されて喧しいですが、昭和型組織ではメンバーシップ型を通り越して「家族主義」とも言われていました。 オフィスで仕事が終わったら上司や同僚と会社近隣の居酒屋で飲んで、土日も会社の上司や同僚とゴルフに興じる。こうした働き方をしていたサラリーマンは、家族のような存在で、会社にすべてのアイデンティティを預けてきたわけです。 ところが、在宅勤務やリモート環境になると1日に長くても8時間しか働けないし、残業時間も無くなります。仕事が終わっても同僚と飲みに行って愚痴を言いあうことも難しくなります。 これまで会社が担っていたオフタイムのコミュニケーションが無くなってしまい、アイデンティティ・クライシスが起こっているのかも知れません。こうした環境変化は、単純に仕事がリモート仕様になっただけでなく、会社へ行くことで成立していた生活様式全体が変わってしまったことがポイントです。 リモート環境になってもあまり変わらず生活している人は、以前から友達や恋人、家族とのプライベートな時間を確保できていたり、会社以外のコミュニティに属したりして、アイデンティティを分散させていたのかも知れません。 自ら望んで仕事に一点集中(所謂社畜化)していた人たちは、在宅勤務になっても自発的に仕事や勉強に打ち込んでいます。つまり自分の社畜としてのアイデンティティを保とうとしてしまいます。 しかし、「イヤだイヤだ」と文句を言いながら上司とゴルフしていた人たちが、意外と寂しそうなんです。 いまの状況に過剰なストレスを感じている人は、ライフスタイルを見直したり、環境や社内の立場を変えたりして、ポートフォリオを組み換えていく必要があるのかも知れません。専門家の指摘によると、今後の個人の在り方として、組織へのアイデンティティを分散させていかざるを得ないと指摘します。しかし、そのことでストレスが減るわけではありません。「決められるストレスから、決めるストレスへ」と言われますが、会社にレールを敷かれるストレスもあれば、選択の自由を与えられて責任が増えるストレスもあるようです。ジョブ型雇用に適応できない理由を一方的に個人に押し付けるのもおかしな話で、マネジメントや上司が変わらないことの方が問題です。 欧米のジョブ型組織には、個人のスキルや待遇に応じて各ジョブディスクリプション(職務記述書)が存在します。 誰にどんな仕事を任せて、どれくらい負荷がかかっているかを逐一モニタリングしながら進捗を管理する。これが本来、「マネジメント」の役割です。こうしたことができてはじめて、「ジョブ」を分担できるし、オフィスで働いていても自分の仕事が終われば罪悪感を持つことなく帰って、時間を好きに使えるんです。 日本の多くの会社は、欧米の外資系企業ほどドライになれません。個人の職務範囲や目標があいまいで、自分の仕事が終わっても「仲間」の仕事が残っていることが多いようです。 海外から日本に来たビジネスパーソンは、「日本企業で頑張ると損をする」と言います。自分の仕事を早く終えると、その分新しい仕事が回ってくる、と。これが、典型的なメンバーシップ型雇用の世界観でした。しかし、リモートワークでは効率的に働いて成果を出していた人と、頑張っている姿勢をアピールするスキルだけを高めて実は何もやってこなかった人が可視化されてしまいます。 ある程度ジョブ型雇用の考え方を取り入れて、個人のアウトプットを評価できないとチームが機能しなくなりました。 国を挙げた働き方改革や、グローバル企業の外圧などによって、ある程度変化してきたと思います。更に注視すべきは、若い人たちの感性の変化です。仕事への貢献度を個人として可視化したいという欲求は、SNSによって明らかに強まっています。 本来の成果主義とは異質かも知れないですが、ジョブ型雇用を「個人のアカウントに仕事をひもつけるイメージ」だと考えると、それがSNSによって後押しされているのかも知れません。 外資的なジョブ型雇用ネイティブの人たちは、仕事を受けるときに「レジュメに書けるか」を重視します。上司に認められたりチームに貢献したりするだけでは、自分の信頼性は担保されなません。それよりも、SNSというある種の「社会」でどう見られるかを、第三者的な視点で意識しているようです。 こうした現象は、「私を見て!」という承認欲求であり、職務範囲を定めて個人に割り振るジョブ型雇用の働き方と相性が良いのかも知れません。今後加速する価値観の変化(多様化)が、結果的にジョブ型へのシフトを進めていくのかも知れません。
経営統括本部長・組織人事コンサルティング部長
1996年早稲田大学卒 2016年東京都立大学大学院 社会科学研究科博士前期課程修了〈経営学修士(MBA)〉 1996年新卒にて、大手旅行会社エイチ・アイ・エス(H.I.S)入社、人事部に配属される。 その後、伊藤忠商事グループ企業、講談社グループ企業、外資系企業等において20年間以上に亘り、人事及びコンサルティング業務に従事する。 現在、株式会社グローブハート経営統括本部長、組織・人事コンサルティング部長、グループ支援部長 ■日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員 ■2級キャリアコンサルティング技能士 ■産業カウンセラー ■大学キャリアコンサルタント ■東京都立大学大学院(経営学修士MBA)