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2021年7月18日

慣例(儀式)化する企業研修

 皆さんの多くの会社(組織)では、人材育成プログラムやそれに近い体系が存在するかと思います。人事部の人材育成担当者は、毎年プログラムや体系に従い、年間研修スケジュールを組み立て、粛々と実践しているのではないでしょうか。このこと自体は否定すべきことではないのですが、問題は研修を実施することが半ば慣例化、儀式化してしまい、本来の目的や研修効果を確認することが軽視されてしまうことです。
 例えば、皆さんの会社で、今年から「階層別・役職別研修」を廃止するということになったら現場にどのような悪影響が起こりますか?想像してみてください。
 私はこれまで多くの会社で人材育成のお手伝いをさせて頂きました。特に最近気になっていることのひとつに、階層別研修や役職別研修があります。「なぜ多くの会社(組織)で階層別や役職別研修を行っているのでしょう?効果はどこまであるのでしょう?」という点です。
 階層別や役職別研修とは「年次・職位などの基準により同階層の社員を集めて行われる教育」のことを言います。
 イメージしやすいケースを取り上げますが、民間企業で言えば、3年次研修といった年次をきった研修や、主任(リーダー)・課長・部長昇進時研修といった職位ごとの研修がそれに該当します。
 そもそも、研修とは「研修で学ばれたことが、現場で実践され、インパクトをもたらすこと」を目的に実施されるのですが(研修転移が達成されること)、階層別研修には、どのような目的と効果が認められるのでしょうか?
 多種多様な階層別研修を、十把一絡げにして、その効果を論じるのも、そもそも無理があります。
しかし、こうした研修の中には、「研修で学ばれることが、現場で実践されること」を期待する(研修転移が達成される)というよりは、同じ集団にいる、同じ年代の人間を集めて、再会を楽しむこと(同期の絆を深めること)や会社が言わなければならないことを「あのとき、ちゃんと、言ったよね」とすることなどを目的としている内容が多いように感じています。
 つまり、階層別・役職別研修が「慣例(儀式)化」しているということです。
 ここで言う「慣例(儀式)」とは、「あっても、なくても、実社会にインパクトをもたらさない習慣であり、さして意味の無い物事の連続性の中に、区切りをつけるために存在するもの」と定義します。もちろん、それが、いいとか、悪いとかの議論ではありません。現実に世の中には、儀式が必要な場面は多々存在します。ここでもう一度考えてみてください。皆さんの会社(組織)で、もし仮に「階層別・役職別研修」が廃止されるとしたら現場にどんな悪影響が起こりますか? 
 そもそも階層別研修の目的とは何で、そのために、適切な時間が確保されているのでしょうか?中途採用が増え、新卒も多様化し、組織の流動性や多様性が増していく中で、入社年次をベースとした階層別・役職別研修が本当に機能するのでしょうか?
 階層別・役職別研修では、何が学ばれ、それがどのように研修転移されるようにデザインされているのでしょうか?例えば、階層別・役職別研修の内、特に部課長クラスの研修の内容が気になります。多くの場合、昇進時に行われる部課長対象の階層別・役職別研修は数日程度です。内容としては以下のようなものが多いのではないでしょうか。    
 ◆社長の訓話
 ◆全社の方針
 ◆コンプライアンス・ハラスメントの予防
 ◆評価の付け方(目標管理制度の理解)
これに加えて、サイドメニュー的に  
 ◇コーチング
 ◇人材育成
  
 などの演習が、数時間入っていることが多いと感じています。前者が必要なのもわかるのですが、それは本当に対象者を集めて伝える必要があるのでしょうか。一方向的にコンテンツを伝えるだけならば、オンデマンドやオンラインでも十分可能なようにも感じてしまいます。
 一方、後者のコーチングや人材育成に関しても疑問です。行わないより行った方がよいにこしたことはないのですが、数時間の研修で、コーチングや人材育成が「職場で実践できるようになるか」というと、それは難しいのではないでしょうか?
 一般に、これまでリーダーをつとめてきた人間が、これまでのマネジメントスタイルを転換するには大変な労力(学習負荷)を必要とします。研修で学ばれたことが実践されるようになるためには、数日程度でイベント型の研修では「不可能」だと言われています。複数の研修機会を構築し、何度かのインターバル(実践のための間隔)を設けながら、受講生の変化に伴走していかなければ、おそらく、それは実践されるようにはなりません。そう考えると、階層別や役職別の部課長研修とは何のために存在するのでしょうか。  
 階層別や役職別研修は、長期雇用・年功序列・新卒一括採用といった、いわゆる日本型雇用とともに発展してきたものなのかも知れません。しかし、私たちの雇用システムは、現在少しずつ、そのあり方に反省を求めています。多様な人材の採用が常態化しつつあり、入社年次といった概念で、人間を束ねることが難しくなってきています。同期という「器」で入社から退社までを括ることは難しくなってきています。社会の変化が激しく、10年に一度程度の慣例(儀式)化した研修機会では、世の中で必要になる知識・スキルの獲得に追いつけない状況です。いずれにしても、階層別や役職別研修の在り方が、そろそろ「岐路」を迎えようとしているように感じます。皆さんの企業(組織)でもこうしたテーマについて、一度議論されてはいかがでしょうか。
経営統括本部長・組織人事コンサルティング部長 岡田英之

経営統括本部長・組織人事コンサルティング部長

岡田英之

1996年早稲田大学卒
2016年東京都立大学大学院 社会科学研究科博士前期課程修了〈経営学修士(MBA)〉
1996年新卒にて、大手旅行会社エイチ・アイ・エス(H.I.S)入社、人事部に配属される。
その後、伊藤忠商事グループ企業、講談社グループ企業、外資系企業等において20年間以上に亘り、人事及びコンサルティング業務に従事する。
現在、株式会社グローブハート経営統括本部長、組織・人事コンサルティング部長、グループ支援部長
■日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員
■2級キャリアコンサルティング技能士
■産業カウンセラー
■大学キャリアコンサルタント
■東京都立大学大学院(経営学修士MBA)