2022年3月28日
働き方の多様化や技術の進展(ICT、DX)などによる産業構造の根本的な変化によって、今後新たに発生する業種や職種に適応するための知識やスキル習得を目的に、再教育を行うリスキリングが話題になっています。リスキリングは、組織の短期生存戦略としては待ったなしに必要であると言われています。一方で、中長期の持続的成長を実現するには、優秀な人材に長期間働き続けてもらえる(中長期のコミットメント)ような魅力的なキャリアプランを提示して、従業員のアップスキリング(スキルの向上)に積極的に投資することが必要です。アップスキリング(スキル向上)は、メンバーのキャリアアップに役立つ知識、スキル、コンピテンシーを強化するための中長期的投資です。メンバーがプロフェッショナルとして成長を果たすために、アップスキリングの機会を提供され、かつその機会を利用することが奨励されると、組織に対するエンゲージメントが高まり、リテンション(定着)にも影響すると言われています。 実際に人事部門でアップスキリング・プログラムを検討・設計しようとすると、組織のメンバーたちが多くのトレーニング機会を希望しているにも関わらず、自分がどのようなスキルの習得や成長を望んでいるのかを整理・理解し、言語化できていないことに気がつきます。よって、組織や人事部門は「メンバーにとって何がアップスキリングになるかを定義し、それを実践するための正しい方法とは何か」を考えなければならないでしょう。その際にポイントとなるであろう3つの重要事項を以下に記載します。 1.メンバー自身にキャリア開発を促す 例えば、多くの企業が実践している最も現実的かつ意外と戦略的な人事戦略は、特定の職務や要件だけに適した人材を採用することではなく、ビジネスの変化に合わせて自分自身を変えられる人材を採用することです。こうした人材は、自分が社内でそのように成長していきたいかを理解していることが多く、そこに到達するためのツール(アップスキリング・プログラム)を必要としている場合が多いでしょう。キャリアはメンバー自身がコントロールし、上司がサポートして、会社が実現させることが理想です。チームと現場のマネジャー、組織のリーダーが協力して、各メンバーの関心事、業務上の目標、そして組織のギャップを整理し、アップスキリングにつながる人材開発をどのように追求すべきかを検討してみましょう。 2.メンバーの要望に応える メンバーにアップスキリングに関する意見を求める場合、自分たちの意見がどのように処理されたかを伝えることやフィードバックが重要でしょう。さらには、リーダーがその意見を積極的に採用することも重要です。フィードバックやメンバーに対するヒアリングの中で繰り返し浮上するテーマを特定し、そのテーマに関連するデータ(他社事例など)を整理・分析して、自社の業務上の目標や人材開発の目標に合ったアップスキリングの選択肢を、いつ、どのように提供するかを決定(意思決定)できると理想の状態です。個人の目標と組織の人材開発戦略を一致させることは多くの困難が伴う反面大きなリターンが期待できる投資です。 3.ロードマップを提供する メンバーにアップスキリングの機会を提供することで、企業はより多面的で、バランス感覚に優れた人材を育成することができるでしょう。しかし、メンバーは終わりの見えない長期のトレーニングプロセスや、自分の立ち位置が不確かな状態に不安を感じていることも事実です。さらに、メンバーを昇進させられる役職の数は限られているので、トレーニングの努力がすぐに報われないこともあるでしょう。アップスキリング・プログラムの重要な点は、パフォーマンスを測定するための明確な「道筋」と「道標」を示すことです。それによってメンバーがプロセスを理解できると同時に、自身の成長を都度実感することができるでしょう。 例えば、職務レベルごとに求められるコンピテンシーを明確にした仕組みを考えてみます。コンピテンシーにより自分は「説明責任の遂行」や「多様な人材の活用」を実践していると証明するために、具体的にどのような行動が求められのるかを伝えることができるでしょう。コンピテンシーを明確にすることで、メンバーは自分の現状を自己評価できるようになり、アップスキリングに取り組む中で、個人的なギャップや機会を特定することができます。とかく否定されがちでもあるコンピテンシーですが、こうした人材育成のロードマップ場面で活用すると効果的かも知れません。 メンバーが、キャリアアップのために何が期待されているかを把握し、自分自身を評価するための明確な指標を理解できれば、それは仕事を進める際のフレームワークにもなります。さらに、企業が組織の長期戦略の一環として、トレーニングや人材開発、リテンション、昇進などの評価基準を検討し、アップスキリングプログラムの効果を評価するフレームワークにも活用できるでしょう。メンバーに投資し組織にエンゲージしてもらうことで、将来の中長期的環境変化にも対応できる人材を育成することができるでしょう。 アップスキリングはメンバーを維持(リテンション)・育成し、組織の成長と戦略的ポジショニングを実現する上で重要な施策となるでしょう。アップスキリングの施策を検討する際は、エンパワーメント、エンゲージメントという概念についても整理し、計画することが重要です。もちろんメンバーのニーズや要望に耳を傾け、それに基づいて行動することが大原則です。
経営統括本部長・組織人事コンサルティング部長
1996年早稲田大学卒 2016年東京都立大学大学院 社会科学研究科博士前期課程修了〈経営学修士(MBA)〉 1996年新卒にて、大手旅行会社エイチ・アイ・エス(H.I.S)入社、人事部に配属される。 その後、伊藤忠商事グループ企業、講談社グループ企業、外資系企業等において20年間以上に亘り、人事及びコンサルティング業務に従事する。 現在、株式会社グローブハート経営統括本部長、組織・人事コンサルティング部長、グループ支援部長 ■日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員 ■2級キャリアコンサルティング技能士 ■産業カウンセラー ■大学キャリアコンサルタント ■東京都立大学大学院(経営学修士MBA)