コラム一覧

2022年6月2日

ガラパゴス人事からの脱却を ~ジョブ型議論を巡る根本的な誤解~

 ここ数年日本企業の多くで所謂「ジョブ型」か「メンバーシップ型」かという言葉での議論が喧しいです。
 ここで少し落ち着いて整理してみましょう。そもそもグローバル人事の世界では、ジョブ型雇用とやメンバーシップ型雇用といった言葉は使用しません。ジョブとはタスクの束であり、タスクには職務限定の場合も職務無限定の場合も存在します。日本ではジョブというと限定された職務と捉えられてしまう傾向があります。ところが、ジョブという言葉を勘違いしている多くの日本企業においてさえ、ジョブ型という言葉が指す意味がいくつも存在するという奇妙な現象が生じています。

①同一労働同一賃金のジョブ型
 一つ目は「同一労働同一賃金のジョブ型」と呼ぶことにしましょう。これは、日本の労働法学者と経済学者を中心に提唱された考え方です。非正規と正規、男女といった処遇格差を是正するために、職務を限定することで比較可能にするといった考え方がベースになっています。
 この考え方は、労働組合のある欧米企業において、主に工場労働者の働かせ方をイメージしています。一人の仕事を限定して働かせることで効率性を高める経営側の思惑と、限定した職務に賃金を貼り付けて交渉する労働組合の思惑が一致することで成立します。これをジョブコントロールユニオニズムと言います。ですが、ジョブ型という言い方はしません。
 この考え方を日本の処遇格差や、際限ない職務のために過重労働やワークファミリーバランスを欠く状態を改善しようとするものが日本のジョブ型のベースにあります。厚生労働省の施策にも取り入れられつつあります。ここで確認しておかなければいけないことがあります。こうした原点というべき同一労働同一賃金のジョブ型論には「生産性を高めるといった要素はない」ということです。現に、欧米製造業の工場では、1980年代にジョブコントロールユニオニズムを生産性や品質の観点から止めて、職務範囲を拡大したり、従業員間の連携を取り入れる方向へシフトした歴史があります。つまり、欧米製造業では既に過去のものとなりつつあるジョブコントロールユニオニズムを令和の日本に導入しようとしているにも関わらず、欧米の常識と勘違いしていることに第一の混乱があります。

②生産性とイノベーションのジョブ型
二つ目は、「生産性とイノベーションのジョブ型」と呼びましょう。日本企業の掲げるジョブ型は、第一に生産性の向上であり、第二に65歳までの雇用義務化と70歳までの雇用の努力義務化に対応した賃金制度の見直しに基づくものです。これを経済産業省が後押ししています。「生産性の向上」の背景には、日本型の長期雇用という慣行が労働者の移動を阻害することで、生産性やイノベーションにとっての障害となっている、という思い込みがあります。これを総称して「メンバーシップ型雇用からの脱却」と呼んでいます。このような考え方を「生産性とイノベーションのジョブ型」とします。
 元来、「同一労働同一賃金のジョブ型」を推進する一派が使い始めた「メンバーシップ型雇用」という用語ですが、そこには生産性やイノベーションにとっての障害という要素はありませんでした。働きすぎ、ハラスメント、メンタルヘルス上の問題、労働条件格差といった問題の温床になってきたと指摘するのみでした。既に指摘した通り、職務を限定したジョブコントロールユニオニズムは生産性と品質の向上を阻害する場面が発生します。つまり、日本企業と経済産業省が推進しようとしている「生産性とイノベーションのジョブ型」は職務を限定することを目指しているわけではないということがわかります。
 「生産性とイノベーションのジョブ型」は、労働者が自ら職務の棚卸しすることで職務記述書をつくることを基本としています。このことは欧米の職務記述書の作り方から本末転倒です。欧米企業は、経営戦略→事業計画→人材計画→人員計画→職務分析、職務記述書という思考プロセスで職務記述書を作成しています。つまり上位概念(Concept)を軸に、上から作成するものです。(良い悪いの判断は留保します)一方で、日本企業の職務記述書は労働者自らが主体的に作成に関わることで役割を自発的に認識させるためのものです。そこには当然、他部署や他企業、部門内の連携といった役割が含まれてきます。つまり限定した職務などは想定していないのです。
 その上で、役割は定年延長を前提にした賃金制度の見直しの文脈で再定義されます。65歳、もしくは70歳まで定年が伸びるのであれば、現在多くの企業が採用しているような50代半ばでの役職定年といった制度を廃止せざるを得なくなります。だからといって、企業が担う総額人件費を変えるということもできません。よって、年齢が上がるに応じて賃金を上げてきた制度(≒年功賃金)を変更せざるを得なません。そこでポイントになるのが役割という考え方です。どの年齢や職位階層であっても上位の役割を担う可能性を与える。その一方で、担当するプロジェクトが終了すれば役割から外れる。このように考えることで必要な手当てを柔軟に運用することができます。より簡単に言えば、従来のように一先ず管理職になれば降格がない、という慣例?を廃止しようとしているのです。
 では「同一労働と同一賃金のジョブ型」と「生産性とイノベーションのジョブ型」は両立可能なのでしょうか?ここにきて一つの壁にぶつかることになります。
ここまでの話を整理してみましょう。
■同一労働同一賃金のジョブ型は限定した職務である ≠ 生産性とイノベーションのジョブ型は役割を明らかにするもので限定した職務のことではない
■同一労働同一賃金のジョブ型は生産性向上が目的ではない ≠ 生産性とイノベーションのジョブ型は生産性向上と退職年齢の引き上げが目的
■同一労働同一賃金のジョブ型は日本型雇用慣行であるメンバーシップ型を人間らしい働き方の阻害要因としてとらえる ≠ 生産性とイノベーションのジョブ型はメンバーシップ型を生産性向上とイノベーションの阻害要因としてとらえる
■同一労働同一賃金のジョブ型を導入しても生産性に寄与しない
■生産性とイノベーションのジョブ型を導入しても人間らしい働き方に寄与するかわからない

 ここまで整理をしてわかることは、厚生労働省を中心に主導する「同一労働同一賃金のジョブ型」と経済産業省を中心に主導する「生産性とイノベーションのジョブ型」は、ジョブ型という名前だけが同じでまったく違う世界観をイメージしているということです。
 繰り返しになりますが、ジョブ型という言葉はグローバル人事には存在しません。同一労働同一賃金の意味でも、生産性向上やイノベーションの意味でも存在しません。ジョブ型という言葉は、日本だけのガラパゴス用語なのです。
 生産性向上やイノベーションを目的とするグローバル用語はHPWSです。High Performance Work System、日本語に直すと高業績ワークシステムの略です。総じていえば、採用、訓練、連携を意識した職務設計と評価・報酬という個人に関わる管理を、プロジェクトをベースに仕事の流れを追うワークフローという集団に関わる管理と連動して実践するという意味です。しかし、HPWSと「生産性とイノベーションのジョブ型」もまた完全に一致するものではありません。HPWSはどちらかといえばメンバーシップ型と日本で呼ぶものに近い考え方です。個人のやりがいを刺激しながら職務の範囲を限定せずに、チームとして協働することを促し、それを企業組織としての競争力につなげるものです。
 これまで整理してきた通り、ジョブ型という言葉が異なる意味で使われているということが混乱を招いています。人間らしく働くということと生産性向上・イノベーションは必ずしも同じではなく、時には対立するものであるにもかかわらず、同じジャンルのものとして扱われてしまっています。具体的には、企業がジョブ型を導入すれば人間らしい働き方となる、といったような誤解が生まれるということです。そこに関連性はありません。
 人事担当者の皆さん、そろそろ、世界標準で話をするべき時です。ガラパゴスな発想ではダメです。そうしないと、「同一労働同一賃金のジョブ型」と「生産性とイノベーションのジョブ型」が勝手にお互いにいいとこ取りをしながら誤解を拡大し、組織に混乱を招くだけです。
 同一労働同一賃金、処遇格差の改善、ワークファミリーバランスの実現、生産性とイノベーション
こうした内容は、補完関係だけではなくてゼロサムもあり得るということを想定した上で、実質的な議論をするタイミングではないでしょうか。
経営統括本部長・組織人事コンサルティング部長 岡田英之

経営統括本部長・組織人事コンサルティング部長

岡田英之

1996年早稲田大学卒
2016年東京都立大学大学院 社会科学研究科博士前期課程修了〈経営学修士(MBA)〉
1996年新卒にて、大手旅行会社エイチ・アイ・エス(H.I.S)入社、人事部に配属される。
その後、伊藤忠商事グループ企業、講談社グループ企業、外資系企業等において20年間以上に亘り、人事及びコンサルティング業務に従事する。
現在、株式会社グローブハート経営統括本部長、組織・人事コンサルティング部長、グループ支援部長
■日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員
■2級キャリアコンサルティング技能士
■産業カウンセラー
■大学キャリアコンサルタント
■東京都立大学大学院(経営学修士MBA)