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2022年11月2日

現場起点でのイノベーションを起こすには ~ローカルナレッジを循環させる組織へのヒント~

 VUCA時代と言われて久しいですが、多くの組織がイノベーションの種を求めています。イノベーションの種は、顧客接点(CS、CX)を多く持っている組織に宿りやすいと言われます。とりわけ、組織の上層部(経営層やマネジメント層)ではなく、最前線のスタッフ階層に宿っている(ローカルナレッジという)ことが多いようです。しかし、多くの組織は、階層(ヒエラルキー)型組織でるため、イノベーションの種が表出する前に、組織の事情で押し潰されてしまう場合が多いようです。多くの場合、経営層の考えを過大評価し、メンバーの意見を過小評価するという「権威バイアス」が働いています。このバイアスはやがて、指揮命令系統を過度に尊重する状況を生み出すことになります。アイデアや提案、意見の内容自体ではなく、「誰の意見か」が重視される組織では、イノベーションは生まれにくいでしょう。実際多くの組織では、その意見を誰が主張したかによって信憑性が判断されています。実質的に「誰の意見か」がアイデアの質を判断する材料にもなっています。これは、「階層(ヒエラルキー)型組織での地位が高ければ、その人物の能力も高いはずだ」という誤解が生じているからです。こうした傾向が強い組織の場合、階層(ヒエラルキー)型組織の最下層にいるスタッフが、自分の意見を声に出して伝えようとする意欲は、いつのまにか削がれてしまいます(学習性無力感)。組織の頂点から遠いポジションにいるほど、声を上げるリスクが大きいと感じられます。その結果、組織の高い地位にいる人間である程、フィードバックを受ける機会が減ってしまいます。今回は、権威バイアスを解消し、フラットで柔軟な組織文化を受け入れ、メンバー起点のイノベーションを表出させる3つの視点を紹介します。

①「参加する権利」と「決定する権利」の違い
 意思決定場面において、「参加する権利」と「決定する権利」の違いを理解することから始めると良いでしょう。「参加する権利」とは、個人が何らかのアイデアや問題、疑問に関して、議論や分析、意見への支持に参加する権利のことです。他方、「決定する権利」とは、集団や個人が何らかのアイデアや問題、疑問に関して、決定を下す権利のことです。組織のどんな役割であっても、誰もが自動的に「参加する権利」を有するということを、新しくチームに加わるメンバーと既存のメンバーの両方に明示(宣言)することが重要です。

②イノベーションに繋がる問い(良質な課題設定)を考える
 組織内の課題や問題は、時間が経つにつれて複雑化、重層化することがあります。意思決定者の思考が硬直化してドグマのようになり、次第に固定観念を振り払えなくなるケースをよく耳にします。思考の均質化はイノベーションの大敵です。イノベーションはその性質上、現状を根底から覆すものであり、イノベーションに挑むということは自分の存在を揺るがすような行動を起こすことです。それは個人にとって非常にリスクの高い行動であるため、多くのスタッフは、新たな可能性を探る問いを考え、現状から逸脱する可能性がある行動を取る前に、脅威(自分を取り巻くリスク)を見極めようとするでしょう。忘れてはならないのは、多くの人にとって、仮説や予測に基づいて新しい可能性を探るよりも、データに基づいてパフォーマンスを評価するほうが安心できる(現状維持バイアス)という行動特性です。では、イノベーションにつながる現状打破という行動に付随する居心地の悪さをどのように乗り越えればよいのでしょう。そのためには、現状を揺さぶるような一連の問い(良質な課題設定)を考える練習(思考トレーニング)を行うのが良いでしょう。以下の3つのステップから成るプロセスは、問題を切り出し、ボトムアップのイノベーションを加速させるための有効な方法です。

■第1の問いは、「なぜ(why)」です。なぜ、いまこのようなやり方をしているのかを問うものです。
■第2の問いは、「もし(if)」です。もし、代わりに別の新しいやり方を実践したらどうなるかを問うものです。
■第3の問いは、「どのようにして(how)」です。どのようにして、別の新しいやり方を実践すべきかを問うものです。

 大切なのは、一方的に判断を下さないことです。メンバーの意見に口出ししたり、批判したり、枠にはめたり、検閲したりすることなく、新たなアイデアが生み出され、発想が広がっていくような対話(Dialogue)に努めましょう。

③反対意見との向き合い方
 メンバーが日常業務とイノベーションという両分野のスキルを習得し、両者の間を行き来しながら、物事を円滑に進めていくには、建設的な反対意見を当たり前のものと位置づけることが欠かせません。メンバーには、反対意見を述べることをはっきりと許可しなくてはなりません。むしろ、それを義務とする必要があります。メンバーがイノベーションに関わりたがらないのは、次のような考え方があるためです。「イノベーションには探索が不可欠で、探索はしばしば失敗を生みます。失敗すれば、罰される。だから、黙っておこう・・・」つまり、沈黙が組織にもたらす代償は高くつく、という考え方です。こうした組織環境では、突出した成果が生まれにくくなり、月並みな成果しか生まれなくなってしまいます。とはいえ、安全を感じられない時に安全策に走るのが、人間の習性(昨今の『心理的安全性』に関する議論)です。では、どうすれば、反対意見を口に出して言うことを当たり前のことと位置づけられるのでしょうか。

■リーダーが公の場で、自身のアイデアや決定を自己批判する
 リーダーはメンバーの前で、自身の思考と行動の問題点を声に出して、はっきりと認めることです。そして、メンバーにも同じように各自の問題点を指摘するように促します。
■反対意見を称賛し、さらなる批判を歓迎する
 反対意見を述べやすい文化を築く過程で、最も重要な瞬間は、チームメンバーの誰かが勇気を奮って声を上げた時です。
■相手の立場に立って考えることを浸透させる
 反対意見を述べるというのは、すべてが理性から生まれるわけではありません。感情が影響しています。意見対立の本質は、理性と理性のぶつかり合いですが、両者は往々にして、自信と不安が入り混じった感情を抱きながら、相対しています。人間は、同じデータセット(客観的指標)から異なる結論を導き出すことも珍しくありません。だからこそ、状況は難しくなります。自分の意見に固執しないようにと、メンバーに軽く言って聞かせることはできるでしょう。しかし、そのような呼びかけをしても、実際に本人が、相手の立場に立って異なる意見を理解しようと努めない限り、ほとんど効果はありません。相手の立場に立つということ、その相手がデータからそのような結論を導き出すに至った過程に対して、思いやりを持ちつつ、好奇心を抱くことが重要です。相手は、どのデータに基づいて考えているか。どのような前提に立っているか。何を重視しているのか。それを重視するのはなぜか。最終的に、どのようにしてその結論に達したのか。相手の立場に立って議論に臨むことで、対立を実のあるコラボレーションに変えることができるでしょう。

 現場起点のボトムアップ型のイノベーションは、ローカルナレッジを組織の中で循環させることが重要です。そして、ローカルナレッジを広く循環させるためには、フラット指向の組織文化が必要です。指揮命令系統を尊重しすぎれば、そこがボトルネックとなり、それらの循環が妨げられてしまいます。フラットな組織文化を築き、ボトムアップのイノベーションを起こすには、リスクのない「参加する権利」を与え、新たな可能性を探る問いかけ(良質な課題設定)手法をトレーニングし、建設的な反対意見を当然のものと位置づけることが重要なのではないでしょうか。
経営統括本部長・組織人事コンサルティング部長 岡田英之

経営統括本部長・組織人事コンサルティング部長

岡田英之

1996年早稲田大学卒
2016年東京都立大学大学院 社会科学研究科博士前期課程修了〈経営学修士(MBA)〉
1996年新卒にて、大手旅行会社エイチ・アイ・エス(H.I.S)入社、人事部に配属される。
その後、伊藤忠商事グループ企業、講談社グループ企業、外資系企業等において20年間以上に亘り、人事及びコンサルティング業務に従事する。
現在、株式会社グローブハート経営統括本部長、組織・人事コンサルティング部長、グループ支援部長
■日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員
■2級キャリアコンサルティング技能士
■産業カウンセラー
■大学キャリアコンサルタント
■東京都立大学大学院(経営学修士MBA)