2024年1月17日
企業内研修のスタイルと効果については、これまで多くの議論や実験、検証が試みられてきました。スタイルについては、研修講師が一方的に講義をするスタイルに限界があることは以前より指摘され、アクティブラーニングなど双方向で、参加型、実践型のスタイルが主流になりつつあります。研修効果については、カークパトリックモデルが有名ですが、「研修転移」という言葉に代表されるように、研修後の行動変容に注目が集まっています。 特に昨今では、対話(Dialogue)の重要性が強調され、上司と部下とのマネジメントコミュニケーション、顧客とのセールスコミュニケーション、更には家族間でのプライベートコミュニケーションにいたるまで対話(Dialogue)の重要性が指摘されています。勿論組織内の人財育成においても同様です。 人財育成における対話型の学びの肝は、「アウトプットの実践」と「他者の意見の受け入れ」と言われます。多様な意見から新たなものを創り出すには、この2点が欠かせないと言われます。しかし、現場マネジメントに聞いてみると、「自分の間違いが恥ずかしい」、「自信を持って発言できない」といった、気軽に発言できない職場風土が邪魔をしているようです。人間は無意識に自分の持っている枠組み(経験則)の範疇で人の話を聞きたがり、情報を処理しようとしてしまいます。自分が「絶対正しい」という前提で「ああ、それって〇× のことだよね」と決めつけてしまうと、それ以降の議論は進みません。他者の意見を受け入れるには、前提として「知的謙虚さ」が必要です。知的謙虚さとは、開放性、好奇心の強さ、あいまいさの許容度との相関が高いことを意味します。学習行動や学習成果、批判的思考、協働的な学びとの関連が見られることが明らかになっています。一般的に、謙虚さとは控えめな態度を想像しますが、知的謙虚さとは自身の知性に対する限界を認め、限界があることを前面に出し、その結果を受け入れることを意味します。知的謙虚さを構成する要素として、 ・自分の信念は、時に間違える場合がある ・自分の意見や立場、視点を疑う ・新たな事実で自分の意見を再考する ・自分とは異なる意見にこそ価値がある ・考えと矛盾する事実で意見を変えてしまうことはないか が指摘されます。 他者から学び、対話(Dialogue)を通じて新たな知恵を生み出すには、大前提として「自分はここまでのことしかわからない」という自身の知的限界を知ることも重要です。知的謙虚さのなかに含まれる、自分の意見や立場・視点を疑うこと、新たな事実が示された時に自分の考えを変えたり、意見を再考したりすること、異なる意見にこそ価値があると考える認識論的な信念は、その後の学びを活性化するのに大きな役割を果たします。 対話型の学びの場、実践コミュニティ(実践共同体とも呼ばれる)に注目が集まっています。実践コミュニティとは、他部署との協働が上手くいかなくなった組織において、近年改めて注目されている考え方です。実践コミュニティは、「あるテーマに関する関心や問題、熱意などをメンバーで共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流(対話)を通じて深めていく人々の集団」と定義されます。多くの企業では既に部活動やサークル、自主勉強会など、公式・非公式のコミュニティが存在しているかも知れません。こうした企業では、実践コミュニティで人々を結びつけ、問題を解決し、まだ発見されていないビジネスチャンスを創出する可能性を持った存在として注目されています。ここで注意が必要なのは、人事部や総務部などの公式組織が「コミュニティをつくろう!」とメンバーを集めてもうまくいかないケースが多いということです。自主参加のはずが参加義務を発生させてしまったリ、事務局がKPI(目標) を決めて運営しようとすることで自発的な参加のモチベーションを低下させてしまったりすることが理由です。 自主的な学びの共同体である実践コミュニティと公式組織との関係については、社内コミュニティが存在する企業でよく議論となっています。過去の事例では、実践コミュニティと公式組織との視点のギャップがイノベーションにつながるとされていることもあリ、既存の枠組みにとらわれないようにするためにも、両者(実践コミュニティと公式組織)は一定の距離をとることが必要だとされています。 では、実践コミュニティはどのように始め、成長させていけばよいのでしょう。この分野の専門家であるウェンガーによると、コミュニティには発展段階があり、各発展段階には相反する方向性の間の緊張関係があると言います。 コミュニティ立ち上げの段階では、共通の関心を持った個人の集まり(潜在)で、次第にメンバーが互いへの信頼関係を築き(結託)、実践コミュニティの役割や焦点を明確にする段階(成熟)、その勢いを持続させ(維持・向上)、役目を終えたり制度化されたりする(変容)という段階があると言います。特に大切なのは、初期段階で、メンバーも自分と同じ問題意識や情熱を持っており、共有することで活力を生み出すことが大切だと言います。 活発な実践コミュニティは、変化しながら活力を維持したリ高めたりしながら、コミュニティを再構成していきます。 人財育成の効果を高める対話(Dialogue)、対話(Dialogue)を紡ぎ出す場としての実践コミュニティの創造が皆さんの組織の人財育成を変えるポイントになるかも知れません。
経営統括本部長・組織人事コンサルティング部長
1996年早稲田大学卒 2016年東京都立大学大学院 社会科学研究科博士前期課程修了〈経営学修士(MBA)〉 1996年新卒にて、大手旅行会社エイチ・アイ・エス(H.I.S)入社、人事部に配属される。 その後、伊藤忠商事グループ企業、講談社グループ企業、外資系企業等において20年間以上に亘り、人事及びコンサルティング業務に従事する。 現在、株式会社グローブハート経営統括本部長、組織・人事コンサルティング部長、グループ支援部長 ■日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員 ■2級キャリアコンサルティング技能士 ■産業カウンセラー ■大学キャリアコンサルタント ■東京都立大学大学院(経営学修士MBA)