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2025年5月16日

退職代行サービスの背景にあるものとは

 昨今、退職代行サービスの話題が喧しくなっています。特に、ここ数年、入社して数ヶ月の新入社員が、GW(ゴールデンウイーク)明けに退職代行サービスを利用する頻度が高まっています。

 退職代行サービスとは、退職したい本人に代わって、退職意向を会社に伝えるサービスです。法的には、本人が自ら退職する意向を会社に伝える行為は、労働者の一方的な意思により労働契約を解消する「辞職」に該当します。実務的には自己都合退職という扱いです。

 人事労務の世界では、賃金や残業代の未払いなどのトラブルを抱えた企業と従業員の間で、弁護士を通じて退職意向を伝える「代行」が極稀に利用されることもあります。あくまで代行するのは法律の専門家である弁護士です。しかし、2018年頃から、民間事業者がこうした代行サービスに目を着け、メディアで紹介される機会も増えたことにより、退職代行サービスの認知が広がりました。

 退職代行サービスをわざわざお金を払ってでも利用したいという行動の背景には、「上司からハラスメントを受け困っているが社内事情(人間関係)から言い出せない」、「ブラックな職場で、転職先も決定している。早めに退職したいが執拗(しつよう)な引き留めに合う」など、本人にとっては八方塞がりの状況に置かれていると感じる状況があるようです。
 
 人事担当者の目線では、ある日突然退職代行サービス業者から連絡がくると驚きますし、経験が浅い担当者の場合、どう対応したらよいか困惑するでしょう。

 一方で、いつの時代も、どの会社でも一定の退職者は存在します。退職代行サービスの活況に踊らされることなく、冷静に状況を判断したいものです。

 特に、若手社員の早期離職は、一部のメディアが過剰に煽っていますが、比率的には数十年大きな変化はありません。

 退職意向者の部署環境、上司や顧客との関係、本人のキャリア志向、場合によっては家庭を含めたプライベート状況など、日常からあらゆる機会を捉えてコミュニケーションを取っておくことが大切です。何となく予兆を感じることができるかが、組織の風通しの良さにも繋がります。

 予期せぬ人物から突然退職意向を伝えられるというケースは、私も何度も経験しています。退職代行サービスが存在しない時代は、人事担当者として、退職意向者本人、上司、同僚などに話を聞いて背景を探ってみたり、会社の制度やルールで改善できることを模索したり、それなりに対応できることがありました。

 退職代行サービスの法的問題について、代理人からの申し出であっても、就業規則に照らし合わせて、手続きに合理性があれば、原則として退職依頼を拒否することはできないようです。退職代行サービスから連絡を受けた際は、本人からの依頼であるかを確認しつつ、適切な手順で退職の手続きを進める必要があります。この時、退職意向者から何かしらの交渉事(退職条件)が含まれる場合は、退職代行サービス会社の事業内容や特性もしっかり確認する必要があるでしょう。

 人事担当としては、退職代行サービスを利用した社員を責める前に、そうせざるを得なかった背景事情についても斟酌する必要があります。もしかすると、今後も同様のケースが発生するかも知れませんし、組織マネジメント上の問題を抱えているかも知れないからです。

 背景にある課題や問題点を適正に把握することが、職場環境の改善につながることもあります。当然ですが、日頃からのコミュニケーションを見直し、心理的安全性を確保した上で、社員の退職意向が早めに察知できる風通しの良い職場作りに努めたいものです。
経営統括本部長・組織人事コンサルティング部長 岡田英之

経営統括本部長・組織人事コンサルティング部長

岡田英之

1996年早稲田大学卒
2016年東京都立大学大学院 社会科学研究科(現在は経営学研究科)博士前期課程修了〈経営学修士(MBA)〉
1996年新卒にて、大手旅行会社エイチ・アイ・エス(H.I.S)入社、人事部に配属される。
その後、伊藤忠商事グループ企業、講談社グループ企業、外資系企業等において30年間以上に亘り、人事及びコンサルティング業務に従事する。
現在、株式会社グローブハート経営統括本部長、組織・人事コンサルティング部長、グループ支援部長
■日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員
■2級キャリアコンサルティング技能士
■産業カウンセラー
■大学キャリアコンサルタント
■東京都立大学大学院(経営学修士MBA)