2025年12月12日
皆さんはコンプライアンスという言葉を聞いて何を考えますか? 私たちは個人情報漏洩やサイバー攻撃に関するニュースを数多く目にします。DX化推進も影響し、企業組織の情報セキュリティ環境はより高度になっています。情報セキュリティに限らず、人権やハラスメント、ディーセントワークなど働く環境についてもますますコンプライアンス意識が高まっているのではないでしょうか。 コンプライアンスについて、現場社員と話をしてみると・・ 「それはコンプライアンス部署の業務でしょう」 「営業部は売上拡大に注力して、リスク管理は専門部署に任せるのがいい」 「コンプライアンスは必要だけど、煩雑な業務が多く、生産性を落とされても困る」 といった声を良く耳にします。 コンプライアンスが至上命題となり、金科玉条のような組織もよく目にします。 これは現場(事業部署)とコンプライアンス部署の分断が起こりつつあるシグナルです。 コンプライアンス部署は事業への影響を考慮せずに「リスクゼロ」を追求し、事業部署は「面倒な手続き」として形式的に対応する。結果として、誰も本質を考えない形骸化したルールだけが積み上がっていく。マニュアルや業務フローにがんじがらめになり、最後は疲弊し、生産性が低下していく現場・・・。こんな現状はないでしょうか。 皆さんは、オーバーコンプライアンスという言葉をご存知でしょうか。企業や組織が法令や規制に対して過剰適応してしまうことを意味します。オーバーコンプライアンスにを放置していると、 ①業務の柔軟性やスピードの低下:過剰なコンプライアンスがビジネスの迅速な対応を妨げる ②組織内のコミュニケーションの断絶:サイロ化が進み、部門間の連携が難しくなる ③全社最適の視点の欠如:コンプライアンスと業務の分断が生じ、部分最適に陥る ④国際競争力の低下:過剰な規制が日本企業の競争力を損なう といった点が指摘されています。 著名な経営学者である野中郁次郎氏は、「3つの過剰」という概念を使って、オーバーコンプライアンスについて指摘しています。 ■3つの過剰とは 野中氏は、バブル崩壊後の日本企業が陥った病理について、次のように分析しています。 「この数年発覚している大企業による組織的な不正の背景には、バブル崩壊後の30年余りの間で、日本企業が自信を失い、救世主のように欧米流の合理主義的経営手法を導入したことにある」その結果、売上や利益、ROEなどの数値目標を過度に重視する「経営の数学化」が起こり、以下の「3つの過剰」に陥ったと指摘しています。 ①オーバー・プランニング(計画過剰) ・数字で記載された成果を上げるための精緻すぎる経営計画 ・あらゆるリスクを想定した膨大な計画書・マニュアル ・現実との乖離が生じてもあくまで計画に固執する組織風土 ②オーバー・アナリシス(分析過剰) ・成功要因、失敗要因の過度な分析 ・データや前例がないと動けない組織文化 ・分析のための分析に陥る弊害 ③オーバー・コンプライアンス(統制過剰) ・予想外のことが起こらぬよう、前もって、トップダウンでしっかり統制 ・法律の遵守も含めた過剰な管理体制 ・現場の裁量権を少なくし、マイクロマネジメントを徹底する 野中氏は、これらの過剰が「現場を疲弊させ、人々の持つ創造力や野性を劣化させた」と警鐘を鳴らしています。 人間の本質は、「未来の共通善の実現に向かって他者と真剣な対話を繰り広げながら、物事の意味と価値を創造する動的な主体」と考えます。モチベーションの源泉は「内から湧き上がる内発的動機づけ」にあるはずです。つまり、コンプライアンスに関しても、外発的動機で強制的に行動を制限するのではなく、共通善という内発的動機が必要です。 さらに、「3つの過剰」を放置しておくと、 ・過度な統制は、現場の「なぜ?」という問いかけを奪い、指示待ち人間を量産してしまう。 ・数値目標の達成が目的化し、「顧客のため、社会のため」という本来の目的が忘れ去られてしまう。 といった深刻な組織課題にも発展すると指摘しています。 では、どうすればよいのか? オーバーコンプライアンスから脱却するには、シンプルで当たり前かも知れませんが、事業とコンプライアンスの分断を解消し、全社最適の視点で組織設計・業務プロセスを再構築することにあります。至上命題を疑い、金科玉条と化している業務フローにも目を向けてみましょう。 まずは、皆さんの組織でオーバーコンプライアンスについて胸襟を開いて対話(Dialogue)し、全社最適の視点から見直しに着手してみてはいかがでしょうか。

経営統括本部長・組織人事コンサルティング部長
1996年早稲田大学卒 2016年東京都立大学大学院 社会科学研究科(現在は経営学研究科)博士前期課程修了〈経営学修士(MBA)〉 1996年新卒にて、大手旅行会社エイチ・アイ・エス(H.I.S)入社、人事部に配属される。 その後、伊藤忠商事グループ企業、講談社グループ企業、外資系企業等において30年間以上に亘り、人事及びコンサルティング業務に従事する。 現在、株式会社グローブハート経営統括本部長、組織・人事コンサルティング部長、グループ支援部長 ■日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員 ■2級キャリアコンサルティング技能士 ■産業カウンセラー ■大学キャリアコンサルタント ■東京都立大学大学院(経営学修士MBA)